担当弁護士が提示した斡旋案の検討結果を伝える会合です。言うことは決まって ますので足の不自由になった母を煩わすまでもないとおもい一人で出席しました。 保険屋氏は前回提示よりも95万アップの額を示してきましたが斡旋案よりまだ低い額です。 この時点では母と私はそんなことはどうでもよく、自賠責の枠を超えての賠償をしてあげよう、 実際の不自由により即した賠償をしてあげようという気持ちが誰からも出てこなかったことに がっかりしていました。後遺障害に対する算定はあくまで自賠責の認定等級のみに基づくもの でこちらの主張はまったく容れられておりません。また定期賠償の考えも却下されています。 この点は担当弁護士もはっきり分かっていらっしゃいました。すぐに審査の手続きを とってくれました。
審査会は大体2ヶ月後に新宿で行われるとのことでした。Z社の保険屋M氏は審査会の裁定に は従うと誓ってそそくさと帰っていった。担当弁護士は審査会には 「私も行きますので」 と心強くなるような言い方で言ってくれましたが、よくみると弁護士氏の襟元の弁護士バッジ が裏返っています。これは紛センと一線を画すためでしょうか、普段の弁護士としての自分 のポリシーは棚に上げて置いて中立公平を期すためでしょうかね。それでも審査会に臨むために いくつかアドバイスをくれました。審査会は2回くらいで済むであろうこと、家屋改造部分は 写真を撮っておくこと、症状固定の維持のためのリハビリについても医師の診断書を取って おくこと、その診断書に期間的な見通しを入れてもらうこと、などです。ありがたくおもいました。 私は担当弁護士に自賠責が認めた部分のみで賠償を考えるのは納得できない、そもそも ベースになっている労働能力喪失基準は非科学的で根拠がはっきりしないと訴えましたが 特に記憶に残るコメントはいただけませんでした。(後遺障害別等級表では障害が労働能力 喪失率に対応付けられていますが根拠を見たことがありません!)
このあと症状固定の維持のためのリハビリをやってくれている近所の病院で主治医に 面会して診断書をお願いいたしました。この病院は事故直後に救急車で搬送され手術を うけた病院ではありませんが以前から母が行きつけでしたしリハビリ施設のある整形外科 があったので、症状固定後も一日の終わりには足が痛んで眠れないほどですのでみて もらうようになりました。母は症状固定後は自分で歩行練習を努めて行っていましたが 素人の悲しさです、度を越していたようです。というかマッサージをちゃんとしないと晩に 痛みが出る足になってしまっていたのです。で、主治医に診断書をお願いしたところ不審がって いましたが、これこれこうでと理由をはなすと、 「診断書がへんなことのために使われたら困るからねー」といいながらすぐに 一筆書いてくれました。自分に保険屋から面倒な問い合わせが来ないことが分かった からそんなこというのかなと思いました。期間的な見通しは分からないの一言で終わって しまいました。確かに、それが正直なところなのでしょう。
担当弁護士は写真を撮っておいたほうがいいとアドバイスしてくれましたがさらにビデオ のほうがリアルに日常の不自由を伝えられると思い、母の日常を撮影しました。簡潔に 15分程に分かりやすく編集し提出用にDVD1枚を焼きました。また審査会当日パソコンで 見せれるようにMPEG2へファイルを変換しておきました。ところが残念なのは審査会はビデオを 見ようとはしませんでした。
まとめ
紛セン、さいたま相談室での話し合いは3回で済みました。これは前哨戦でありスムーズに行ったと
思います。審査会が本番です。