交通事故紛争処理センターでの第2回目相談(2005年2月)

2月の下旬、母は外出の寒さは受傷した足に障るというので代理として一人で2回目相談 に臨みました。第1回目にこちら側の支障と請求を文書で提出しましたので、 2回目はそれらに対する保険屋の応答が提示され次をどうするかの相談になるであろうと 担当弁護士から事前に言われていました。保険屋も呼ばれるとのことですが会ったことの 未だないZの担当Mが来るのか、誰が出てくるのかまでは当日まで分かりません。当日 5分前に紛センさいたま分室に行くと衝立で二つに仕切られた待合には既に白髪の初老の 男が既に座っていました。私はもう一方の側に衝立を隔て座りました。担当弁護士は10分 程遅れて姿をあらわすと私には暫く待つように言い「Zさん、こちらへ」といって男と二人で 相談室へ入っていった。このとき男はチラッとこちらを会釈しながら見ていった。10分程で 今度は私も呼ばれ、はたして男はZの担当Mでした。すぐ弁護士からZの損害賠償提示に 変更はないと伝えられました。

そんなことだろうとは予想はしていましたので「話になりませんね。」と感想を隣に座っている Mを見ずに伝えると弁護士はどうして最後にZに出した要求から今回の請求は変わっている のかと質問されました。机の上を見ますと私がZに提出した請求明細やZの賠償提示が のっています。Mはどうやら今までの交渉を弁護士に見せていたようです。私は当然のごとく 理想的な賠償を追求していますので勉強するなかで変わってきました、ただZに請求した 当時はあれでもよかったのですが、と答えました。担当弁護士は黙って軽く肯くと、双方に 対し次の相談では事前に和解斡旋案を出すのでそれについて検討結果を聞きたいといい ました。そうして私に向かって弁護士は 「その後は新宿の方になります。」と審査の申し立てについてどうやらそれとなく伝えてきました。 斡旋案は相談の一週間位前に送付してくれるとのことでした。斡旋案のために必要な領収書の コピーを弁護士に提出し、我々は弁護士によろしくお願いしますと頭をさげMが入室してから 20分ほどでこの日の相談はすべて終了です。Mはそそくさと立ち去りました。

新宿には紛争処理センターの本部があります。担当弁護士はだいたいわかるのでしょうか、 審査の申し立てをすでに想定しているようです。当方としてもそれは望むところです。斡旋案 は3月末に届きました。

それを見ますと、休業損害はこちらの主張する全年齢平均賃金ではなく65歳以上の女子 平均賃金を採用していましたが妥当な線でした。入通院の慰謝料も要求の最大値より 低い額ですが「赤い本」に準拠して算出されており納得できなくはありません。しかし 後遺障害に対する算定はあくまで自賠責の認定等級のみに基づくものでこちらの主張は まったく容れられず受け入れられるものではありませんでした。また定期賠償の考えも 却下されています。保険屋の提示額よりはかなり高い斡旋案ではありましたが。 このほか、家屋改造費、症状悪化防止のための症状固定後のリハビリ費用や家族交通費 は認めていませんでした。

まとめ
争点がまとまっていると早いようです。というより、保険屋と被害者にとってここまでは紛センに 持ち込む前の交渉の繰り返しで互いの主張が離れすぎで話し合いにもならないというところ でしょう。





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